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獄門島の謎1

<ネタバレあります>


ワタシ的謎1
三人娘は、何故殺されなければならなかったのか?

映画・TVの獄門島の印象は、あまり良くなかった。
獄門島と言えば、梅の古木に逆さづり・寺の鐘に閉じ込め死体が印象的な、
横溝作品でも 死体デコレーション ウェディングケーキ級の作品だ。

動機・背景コダワリモノの私としては、遊びが酷ければ酷い程、それなりの動機・背景が無ければ納得できない。

犬神家の菊人形飾りは、「女には首は切れないから」犯人を庇う偽装だった。
悪魔の手毬歌の歌見立ては、その歌に詳しい奴に罪をなすりつける偽装だった。

その点、獄門島は”殺す動機”からしておかしい。
『一(ひとし=分家の息子)に家を継がせるのに、本家の娘が邪魔だから』というのが、何度も出てくるもっともらしい理由だが、

『一に全財産を譲る』と、ジジィが遺言を書けば良いことではないのか?

悪知恵を働かすどころか、まともに話すこともできない娘達に対し、それ以上に何が必要か?
2年後の昭和23年「犬神家の一族」では、赤の他人に全財産を残すという遺言を書いた為に殺人事件に発展するというのに、
この話では、
自分の孫に財産を残すという遺言を書かなかった為に殺人がおきるとは。

和尚や村長や医者が、雁首揃えて、そんなこともアドバイス出来んかったのか?
後で飛び込み自殺するくらいなら、もっと建設的なアドバイスでもすりゃーいいのに・・・などと思いながら見ていた。

映画やTVはおどろおどろしさ前面で、先程の 頭の悪い動機+嘉右衛門の執念が犯人達を動かしたみたいな雰囲気ノリで、私には消化不足な作品だった。

原作を読んだ ワタシの納得
みんな、死体を使った見立てごっこがしたかった

原作では、獄門島も・島民も 異常であると、しつこく述べられている。
娯楽の極めて少ない場所・時代に、島で”太閤さん”と呼ばれる大金持ちの権力者の遊びは、俳句や見立てごっこ。
例えば「見立て料理あわせ」。各人お題を渡されて、それに見立てた料理を作ってくる。
そういう遊びについて、後半説明されている。

隔絶された島で王様状態の嘉右衛門の究極の見立てごっこは、
美少女の死体を使った俳句見立て

一応人間だから、むやみやたらに殺すわけにはいかない。
一のために邪魔だから殺すのではなく、見立ての材料に(死んでもかまわない)美少女の死体が欲しいのだが、殺人の大義名分として理屈をつけただけのように思われる。

嘉右衛門は、このプランを練りに練り、倒れて半身不自由になった時には『片手で殺せる方法』(→月代ちゃんね)まで練っているのである。
病気で自分が実行できないと分かると、ごっこ仲間の和尚達に依頼。

和尚達も、完全にごっこフリークだ。
一のために殺すだけなら、あんな演出全く必要ないもの。
見立てが主だから、あのような"殺人犯"にとっては危険な手の込んだことをしたのだ。
見立てが主だから、死体を前にした坊主が
「季違いじゃが、しかたながい。」なんていう、「句会の最中ですか?」的とんでもない名ゼリフを吐いてしまうのだ。

最後、1人はショック死・1人は発狂・1人は逃亡・・・
クラスのガキ大将に、無理に変な遊びをやらされたいじめられっ子みたいでお気の毒。

なぁんだぁ~、見立てごっこがしたかったのかぁ~
料理じゃなくて、殺人というところに大きな問題はあるが。
原作を読んで、激しく納得。読んで良かったです。

謎2へつづく~

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